【?】幽霊は望まれて生まれた存在という結果しか出なかった話
幽霊実証ログの幽霊離れが深刻だった理由を明かしつつ幽霊について少し真面目に考察してたレポート。
昨年に幽霊史を少し紐解いて思いの丈を記事に書いた事があった。その結果、私の望んでいた形の幽霊は存在しないだろうと見当付けてしまっていたのだ。ガッカリモード突入という訳で京都市内でのネタ不足や持病もあったし凸レポは遅延状態になっていった。
2月から単独凸は完全に復活するし大阪遠征編もやる気力はあるから心配は無用だぜ!!
しかし大阪遠征は微妙に悪化してしまったパニ障を真面目に通院して相談してからなので頑張るス。めっちゃ行きたいし東京にも今までのように頻繁に戻りつつ首都圏凸レポを開始したいと前回の東京帰省で考えてた矢先、同伴者がいても電車に乗っていられないようになってきた。とりあえず医師と相談しつつめっちゃキマる薬(処方箋)で様子見するぜよ!
▼幽霊は普通じゃない
幽霊の存在を心の底から信じている人は変人だと密かに思っていたんだけども、存在していないという裏付けがない。だから私は中立になろうと努めながら幽霊がいたら色々と入り乱れて面白いだろうなと夢を見ている。
肉体を持たない精神があるのすれば単純に発生経路が知りたいし面白いと思った。それに死者が我々の与り知らぬところで生活を送っていると思えば生死の区分けをした理由が気になるし面白そうでしかないと思った。現状から離れるために自殺をした亡者が冥界で生活していると考えると自殺は何だか馬鹿らしいことのようにも思えたり、とにかく幽霊という存在は思索自由の楽園なのである。
幽霊とコンタクトを取りたいという事はまだ望まないからとにかくフェイクじゃない幽霊を自分で探して音声や映像に残して誰かに伝えたい。もし誰かがフェイクだと難癖をつけたとしても自分が経験した事なのだから嘘ではないと自分は分かるし、生き物の鳴き声であったり機械博士が幽霊ではないと説明してくれる機会を得るかもしれないという希望からブログを開始した。
意気込みこそあれど何処に行けども幽霊には巡り合えずに今日まで至る。まあそれなりに不可解だなあと思う写真や音声は撮ったけどこの程度では本当にあった呪いのビデオシリーズに出てくるような霊がいないから恐怖心があんまり湧かない。
※そもそもやらせだろうと言うのは分かっているし幽霊=人間を怖がらせるという存在として認知されてる事に違和感をおぼえる。
一般的な幽霊像は結局、人間が娯楽として見たい姿なのかもしれない。
最も古い幽霊について以前に書いたんだけど幽霊(怨霊)という死者の概念よりも先にあった未知なる存在として何かの文献で鬼が挙げられていた。そういえば鬼は何かの隠語とか白人を差す言葉だとかそういう話をどこかで読んだことがある。諸説あるだろうが、その辺りはどうなんだろうと思って調べてみた。
▼鬼は何処から来たの?
中国から文化流入と共に入って来た鬼とは目に見えない存在、霊魂や亡霊という意味だった。日本では10世紀ほど前に遡っても語源が明らかになっていないそうだ。ちなみに鬼という存在が初めて描かれたのは日本書記(720)らしい。しかし此処に出てくる鬼、鬼魅とは外国人の事ではないかと言われてる。ンダヨ!肉体持ちかよ!
平安時代に入ると鬼の存在が描かれる事は多くなり、その頃には怨霊が誕生している。怨霊について紐解いて行くと怨霊が齎したとされる厄災はこじ付けにしか見えない。
↓怨霊についてはここから
江戸になってからは怪談がエンターテイメント入りをして大人気な娯楽に変わり、明治には心霊写真が初めて撮られた(作られた?)。幽霊写真は当時バカ売れしたとか。
今でも未知なる存在として幽霊は話のタネに変わった。怖いものが好きという数奇者まで現れた。妖怪やUMAは人間の知らない生物くらい地球には未開拓な部分が多いのだから存在しても不思議はない。しかし霊魂は何とも言えない話に変わってくる。どうしても頭のなかの存在としか思えない。
以前にネットニュースかテレビか全く覚えていないけど恐竜の幽霊が存在しないのはなぜか?という疑問を霊能者に問いかけた話を見たことがある。霊能者によると霊魂にも寿命があってそれのせいで恐竜の幽霊を見た人がいないのだと答えていた。永遠に存在し続ける存在なんて恐ろしいから霊魂寿命説は信じたい。なぜなら生き物が繁殖を続ける限り数は増え続ける訳だから冥界はラッシュの東海道線より酷いんじゃないかと心配になる。怖い。色んな意味で死ねない。
宇宙は広がりを見せ続けているという。あの世も同じように広がり続けているのであれば安心して死を待てるが、違うならマジで不安過ぎて抗不安薬があの世にあるか確認を取らねばいけない。霊界通信機作りに着手する必要が出てくる。
死後に何にもなくても何かがあっても結局私にとってはどちらも同じようなものだから幽霊や冥界について考えるのは等しく楽しい。
存在しないかもしれないものに思いを馳せるなんて現代人の精神性は高いと言えるよな。生活だけでいっぱいいっぱいになる種族の生き物であったなら死んだ家族の事を思い出せてもあの世を考え出して後世に伝えるのは難しかったんじゃないかな。
くそ!あと100年ほど後に生まれていれば生命に神秘があるか否かが決められるくらいにはいろんな事が分かっていただろうに…
命に神秘を感じたことないからどうでもいいや。。そもそも神秘ってなんだよ。。。。説明出来ないほど美しい様子を差す言葉か何か知らんけど、そういう時に使われるよね。なんかクサくてあんま好きになれん言葉のひとつだなあ。
▼まとめ
都合のいいように娯楽や宗教に使われる亡者をなんとなく可哀想に思った。人間は自分のことばっかりでクソだけど自分もクソだしオカルト面白いからどうでもいいわ。そもそも生き物だし自分が一番と考えるのは自然なこと。自分が知らない世界など存在しない事と何ら変わりはないけど知らない世界が自分の世界にも多く混ざってると思うとわくわくする。iPhoneの設計に関わった全ての事を知らないけどiPhoneを持っている。そんな感じで亡者の世界が自分らの世界に何かを流してくれていたら面白いのにと思った。
今のところ幽霊の存在は認められない。
少しかなしい。